房主ブログ

不思議と私の休日の遊びは片道150キロ、移動時間は3時間くらいが多い。
そのくらい走ると完全にいつもとは違う地域、環境になれるからかもしれない。
岐阜県へのスキーも山でのルアー釣りも、ここ数年行っている三重県へのイカダ釣りもそうである。
基本のパターンは夜の9時頃家を出る、12時頃現地に一番乗りして駐車場の一番良いところで朝まで仮眠というパターンである。
私の経験では深夜は3時までに現地に着くのが一番道は空いて安全だと思う。
しかも釣りならエサ屋は空いているし。
夜明けの時間はあまり安全だとは思っていない。
何故なら夜明け近くは大型トラックも増え、しかも到着時間があるせいかやたらと飛ばすのである、当然信号の変わりはななど止まらない輩もいるようだ。しかも新聞や牛乳の配達のための軽トラやカブが出てくるのもこの時間である。
だから私は長距離ドライブでは睡眠を十分取るために、道中の安全で快適なクルーズのために車中泊をすることにしている。
車中泊はやってみたらあまりの快適さに車の選択基準さえベッドがつくかどうかが大きなポイントになるようになります。

2006年 1月 19日 掲載

この時期の車中泊、外気は0度からマイナスになることもある。
私はベッドの上で寝袋を2枚重ねで使っている。
できれば車にはカーテンがほしいところである。
窓からの冷気はかなりきびしい。
カーテンが無い場合は顔の周りに毛布などで顔に冷気が直接あたるのを防ぐと良い。顔に冷気があたるとなかなか寝づらい。
最後に湯たんぽ。これはすごい。
例え寝袋を2枚重ねてもどうしても足の先が冷えてしまうのだが湯たんぽがあれば全く快適に眠ることができる。

2006年 1月 18日 掲載

私がランクル60に最初に乗ったのは昭和60年だったと思う。
そのときからとても気に入って翌年に60を購入。
60をとても気に入っていたが購入時に予算がなくてノンターボだったので走りを求める気持ちが残っていた。
平成元年に80が出るのを聞きつけ今度はターボ付きを買った。
思えば80が私の人生をある意味大きく変えた。
60を買って毎日乗りまわしていたが、運転席から後ろを振りかえるとその広大な空間がここになにかして欲しいと言っているようだった。
当時は冬場は毎週スキーにいっていたので当然ランクルならスキー御用達である。
後ろにベッドがあればという思いは木工所をやっている自分であるのですぐに作ってみることにした。
当時まだ4×4用のベッドなどどこにもないのでまったく自分の思うように作ったのが最初の一台だった。
今でも思い出すほどのごつい作りだった。
80に替えるにあたり60は個人売買で山梨の人に譲ったのだがその事を友人に話たところ「あのベッドも一緒にあげれば喜んだだろうに」と言われて初めて他にもそう思う人がいるんだと気が付いた。
そういえば友人とは初めてF1が鈴鹿サーキットにきたときたまたまチケットが手に入り駐車場で一緒に車中泊をしたのであった。
当然80を手に入れて最初にしたことはベッドを作ることであった。
当時は8ナンバーというのが出始めた頃で自分もそのベッドで8ナンバーを取得したものだった。
そんななかひとつまたひとつと80用のベッドを人に作るようになった。
ベッドはひとつつくるごとに改良しどんどん良くなっていった。
そうしてリンクスは親父の木工所から独立していったのです。
ここ10数年で私が作ったベッドは試作しただけで100を越えるのではないだろうか。
じつにいろいろ工夫した。第一に使い勝手、デザイン、表皮やクッション材の選択、法令の変化への対応、できるだけ車種ごとの特徴を生かすこと、ユーザーの求める機能、クルマの生産技術からくる内装の変化への対応、取り外し式サードシートへの対応などを様々である。
加えて私自身、年間車中泊が50回近い暮しもしていた。
リンクスのベッドキットはこれらの技術やノウハウ、経験の上にできているのです。

2006年 1月 17日 掲載